2009年10月13日

スパイラルを断ち切れるか(続き)

昨日の続き。

p168-179 なぜ高校をやめるのか

  1. 低学力は生活能力のなさへ
  2. 学校嫌いの子どもたち−学習意欲の欠如
  3. 居酒屋で夕食をとる子どもたち−基本的な生活習慣の訓練がなされていない
  4. なぜ、いじめが続く−人間関係の未成熟
  5. 増える10代の出産−もの、動物、性行動へのアディクション
  6. 子どもを愛せない親たち−親からのDV・ネグレクト
  7. 底辺校に囲い込まれる貧困層の子どもたち
  8. やめさせたがる教師たち

これらは「なぜ高校を中退するのか」という視点で挙げられたものだが、 これらは私たちの社会そのものの存続さえも危うくしてるのではないか。いくら教育の方法や教育への地域の関わりを論じても、 その段階までたどり着けない子どもが増えてきているであろうし。

日本国憲法第25条

  1. すべて国民は、健康文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
  2. 国は、すべての生活部面について、社会福祉 社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。


これを書きながら検索していて 「橋下知事と語ろう 橋下文化行政に物申す!」が引っかかったのでざっと斜め読みすると、文化を根付かせるにはという話になり、 「根付かせるのは広く知らせることで、知事やマスメディアの仕事だ」とういうような話になる。

【知事】
 そしたら、それで1回発信して、聞きに来た人が、実は自分の思っていたものと違うってなっても、それでも根付いていきますかね。 メディアにそこまでの力がありますかね。
 メディアがワーッと広げてくれた、例えば、ここはおいしい料理店ですよと、ワーッと報じる、そしたらバーッと来ますよ。
 でも、実は美味しくなかった、それでもメディアがおいしいおいしいと言い続け、まあ、おいしいって言い続けるのか、 それもメディアもだんだんそれを感じてきて、メディアも報じなくなっていくと思うんだけれども、そのときにも、 やっぱりメディアが第一次的な責任で、例えば、行政である僕が言い続ければ、根付いて行くものなのか、 料理店がやっぱり第一に行うものか。

それで、成功するのか?という話になり、

【知事】
 宮崎県のマンゴーにしても、地鶏にしても、おいしいからね。もともと、おいしいものが認知されてなかったから、知事が認知させた。 あれ、おいしくなかったら、続かないと思うのですけどね。

【参加者:J】
 さっき言ったメディアのことですが、本当にそのとおりだと思うのです。テレビで見て、こんなのあったなって、行って、 全くダメだったということがあります。僕は、2度と行かないですけれど。
 でも、そこで行き続けるということは、根付くことに繋がると思うのです。それには、やはり本物である必要があると思うのです。 マンゴーは、美味しいから、これからも持続していくでしょう。 (後略)

っで、マスコミの宣伝で人は集まるだろうけど、やはりこの議論でも欠落している点がある。知事や参加者の平然と 「宮崎のマンゴーはおいしい」と言っている点だ。 どういうものが美味しくてどういうものが不味いのかという判断基準はどうやって身に付くのか?っという点である。原点は同じであろう。

このままであれば、例えお笑いが大阪の文化であっても、それすら文化として維持できなくなるであろう。 テレビを見て面白いと笑うかどうかも、文化的な生活の基で躾られ、教育されて育っていく過程で身に付けるものであろうし。

posted by 金銀堂 at 13:11| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック